謎のインチキ中国人ジャッキー小林な日常
晴天の辟易 - The beginning of the end.
- 2008年11月23日 21:31
昨日母が入院した件で、前回手術を担当した Dr. と面談をする。昨日説明を受けたのでどうでもよい、という気がしてならないのだが厚生労働省からのお達しもあり医療者が果たさなければならない義務のようだ。
現代の医療機関というのは過去の "負の遺産" とも言うべき多くの問題を抱えている。そのため、患者やその家族が法的手段に訴え出るというアクシデントが発生した場合には医療機関はいたって脆弱だ。
※1 患者側を "哀れな被害者" 、医療者側を "不倶戴天の敵" とみなす傾向が世論にある。裁判官も世論を気にしているのか原告側が勝訴する判例が多いように思われる。※2 そのため、ものの言い方を少し違えただけでも訴訟につながる危険性を医療者側は常に内包している。医療者側に何の落ち度がなくとも、訴訟が起きただけで極悪人扱いされる始末だ。※3 "痛くもない腹を探られる" というフレーズがあるが、彼らの場合は神経が露出してしまっているので、少しでも触れられれば激痛にのた打ち回るような惨状なのだ。だからこそ※4 訴訟のリスクを事前にできる限りゼロに近似させることが彼らの使命となってくる。
昨日のうちに大雑把に説明を受けたが、※5 今日は兄弟同席での説明を受けることになった。だが、予定時刻になっても兄が一向にやってこない。いったいどうしたのだ、おかしい・・・、とは思わなかった。
兄のことだから、きっと億劫がってこないつもりなのだろう。
念のため自宅に電話してみると、6 予想に違わずベッドの中で惰眠をむさぼっていた。
電話で叱責した事が功を奏し兄が病院に到着して、予定よりも2時間遅れで担当の Y 野医師から説明を受けた。
昨日行った検査データを見れば見るほど、期待が霧散するような非常に厳しい内容だ。
現時点でわかっていることは
・ 体の中にガンが巣食っている
・ 再発や転移としても進行がやけに早い
・ 脊椎をはじめとして上半身のあちこちにガンが転移している
・ 手術では除去できない
・ 転移している場所がら放射線照射はできない
・ 抗ガン剤以外に打つ手はない
・ 年内もつか否かは微妙
・ 進行の経緯から原発性ガンの可能性もあり
今回の論旨としては、この病気は根治できない。この病気の行き着く先は "死" であることは確実だ。昨日から楽観的なイメージがわかなかったのは、ボクの "暗黙知" 領域下でこのことを認知していたからだろう。
"その瞬間、目の前が真っ暗になった" といったフレーズを目にすることがあるが、このときの心情を表現するのにうってつけだ。ボクは今までこのフレーズは単なる文学的な表現か、あまりにも被験者の精神に負荷が掛かったために防衛機構としてプロテクトが掛かった結果だと思っていた。結果として身体機能の一部が突如停止したためにその副作用として脳貧血のような症状が一時的に起こるのだろうと思っていた。
実際に体験してわかったのだが、今回に関しては上記のものとは多少異なる。ボクの場合は、大きな精神的負荷のために思考機能が停止してしまったようだ。それも、思考機能が停止してしまったことは客観的に認識できているが、思考に集中できないために何も考えることができない。何も考えることができないというのは、※7 目が見えなくなってしまうことに似ている。あえて、文章的な表現をするのならば "そのとき、ボクの心は深い闇に沈んだ" といったところだろうか。
愛する家族に死の帳が訪れる、という状況はとてもショッキングだ。しかし、愛する家族であろうが見ず知らずの他人であろうが、※8 ヒトは誰でもいつかは死ぬ。これはエントロピー増大の法則に従った自然界の摂理であり、覆ることはありえない。頭で理解をしていてもボクの気持ちとしては到底受け入れがたいものだ。
ヒトの一生は『生』『老』『病』『死』の4つの漢字で表すことができる。ガンという 病気 で 死 に至るというのは特異なことではなくヒトとして 生 を受けた以上、はじめから決まっていたことなのだ。最終的には "仕方がない" と言及してしまうことになるのだが、とても理不尽な気がする。
まぁ、人生なんてものは理不尽な事の連続ではないか。この度はまさしく、 "晴天の霹靂" といった表現が当てはまるくらいボクの人生に劇的な変化が訪れた。ボクの気持ちとしては "霹靂" というよりは "辟易" といった方が適切だとさえ思える。さらに補足すると、とても趣味の悪いジョークやコメディをエンドレスで見せられているような後味の悪さには何とも形容のしがたい趣がある。
※1
1970 年代までは医療訴訟裁判というのは無条件で医師側が勝訴することが大半だった。
ここ 20 年くらいは一般的な医学知識が大衆への普及により法廷で安易な言い逃れができなくなった。
ノンフィクション小説などでは医療機関の内幕を暴露する類の作品が非常に大衆受けする。なんの根拠のない妬みや偏見に満ちたゴシップであっても大衆はそれを疑いもせずに真実と受け取る。
※2
終末期の高齢者が病院で亡くなって、遺体を引き取りに来た家族が涙ながらに "どうもお世話になりました" と医療者に礼を述べておきながら、病院を出た足で弁護士事務所に赴くなんていうのはもはや当たり前となりつつある。
※3
法廷で患者家族と争って勝訴を勝ち取ったとしても、病院にメリットはない。法廷での結論が出るまでに相当な時間が掛かる。その間に、原告を "善" 、被告を "悪" とする図式が世間に浸透し根拠のない流言・風説の流布が行われるので、裁判に加藤が負けようが医療者側にはデメリットしかない。
※4
訴訟大国アメリカでは、訴訟を前提にインフォームドコンセントを徹底している。
※5
後になって "そんな話は聞いていない" とくだらないトラブルから訴訟に発展しないための防衛策のひとつだ。
※6
ボクの兄は子どものころからこのような調子だ。何か面倒なことはすぐにボクに押し付ける。昨日、ガンが再発したという話しをしたときも "ふーん、大変だな。じゃっ、何かあったら電話してくれ" とノーテンキな事を言っていた。
※7
だから "目の前が真っ暗になった" と表現するのか、と妙に納得してしまった。
※8
ちなみに "ヒトはいつかは必ず死ぬ。死なない人間はいない" と最初に定義したのは古代ギリシアの哲学者 ソクラテス だ。
はじめてこの話を聞いたとき思わず笑ってしまったが、これはとてもスゴイことだ。 2000 年以上たっても大哲学者と称されることはある。
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それは想定外やねぇ - Misfortune strikes when it is least expected
- 2008年11月22日 22:19
唐突な話題展開で申し訳ないが、世間には "災厄は忘れたときに訪れる" という格言がある。
この blog をご覧の貴殿も "あぁ、そう言うよね" と、概念的に理解していたり、 "そうそう、そんなことあるよね" と、実体験を通じた感想を持つ方もいるのだろう。
私事でまことに恐縮だが、今日はこの格言をしみじみと痛感するような経験をした。以前に 母が手術を受けた事 をこの blog でも書いたが、今日はガンが再発したことがわかり入院することになった。
ボクは blog でプライベートな内容は極力書かないように普段から心がけている。だが、家族がガンに侵されるという事象は滅多にない非日常的なアクシデントであったため blog にあえて掲載してみた。言うなれば、己の設定したタブーへと挑戦した意欲的な作風として評価できなくともない。
"その刻どのような治療をして九死に一生を得た" といったドラマチックかつ、ドキュメンタリィ調な闘病記や "その刻奇跡の目撃者となった" といった驚愕の感動秘話を書くつもりは毛頭ない。端的な感想を述べるだけに留めるつもりなので、闘病中の方やその家族の方が読んでも参考にはならないことをはじめに断っておく。
じつは叔母(=母の姉)が 10 年前に大腸ガンで他界して以来、母はガンをとても警戒しており、普段から健康に気をつけていた。母は叔母同様慢性的な便秘症であるためとくに大腸ガンには警戒しており、苦痛を伴うものでもガン検診には積極的に訪れていた。
実際に 2 ヶ月ほど前には大腸の検査結果に疑わしいモノがあったので積極的に詳しい検査を受けた程だ。
じつはこの話には笑撃(?)の後日談がある。
このとき受けた検査結果が、明らかに正常とも異常とも判断つけにくいモノだった。担当医の苦渋の判断の結果、専門的な検査を受けることとなったのだが、外来の脇にいくつか大腸ガンの内視鏡写真のサンプルが貼ってあるのを見て勝手に(!?)ガンと自己診断して帰宅した。
何を考えているのか母は勝手に悲観して、親しい友人に "私、進行性ガンやねん" と言いふらしていた。・・・幸いなことにその後の詳しい検査の結果、ガンの疑いはまったくなかったらしい。母の年齢には珍しいくらい腸管の組織は健康だというお墨付きだ。
パニックになってひとりで勝手に騒動を巻き起こし、周囲を困惑に陥れたことでこの話題は収束したかに見えた。周囲の人々からは "ガンでなくてよかったね" とひと言で済まされて以来、 "オオカミ老年" 化した母は息子達からも呆れられてすっかり相手にされなくなった。
一連の "ガン騒動" から幾分か月日が経ち、普段の日常を取り戻しつつあった今日この頃、 それ は突然やってきた。
午後から仕事に出かける予定であるため身支度を整えていると、朝から定期検診へいっていた母が帰宅する。帰宅後、第一声が "ガンが再発して今から入院することとなった" との事だった。
2年ほど前に外科手術にてキレイに摘出できたので、ガンに対して完全勝利を果たしたものとすっかり思い込んでいただけに、落胆は大きく母にかける言葉がなかった。
先方の担当者に事情を説明し、午後からの仕事はすべてキャンセルをする。
ドタキャンという結果にはなってしまったが、 "事情が事情なので仕方がない" と納得していただく。
ガンというのはウンザリするほどしつこい病気であるため、再発や転移というシナリオは十分に想定される。よって、今回のことは想定していなかった訳ではない。・・・ただ、そのシナリオを来たるべく未来として受け入れたくない、それだけのことだった。
どんな事柄でも言葉に換言してしまえば『ただそれだけのこと』に帰結してしまう。ただし、日常への干渉が強いと様々な不都合が発生して実に不自由なことこのうえない。
たったのひと言で片付けるのはどうにも気分が落ち着かない。できれば万の言葉を駆使して広く大衆へと訴えかけていきたい気分だが、ボクは詩人でもなければ社会活動家でもないので慎むこととしよう。
う〜ん、何でだろう・・・転移による再発とはいえ前回完膚無きまでに勝利したハズの腎臓ガンなのに前回のような楽観的なイメージがどうしても湧き上がらない。とくにコレといった根拠はないが、これから起こりゆく不安な前途を示唆しているように思えてならない。
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マスコミの品格 - いったい何がやりたいの?
- 2008年11月 9日 12:52
ここ数日、TV のニュース番組で元防衛省航空幕僚長の懸賞論文『日本は侵略国家であったのか』が話題になっている。TVをはじめとしたマスコミでは論文の内容以外の問題を取り上げて批判しているので、いったいどのような内容が記載されているのかは不明瞭だ。
当初のマスコミの論調はあたかも懸賞論文に応募して懸賞を受け取ったことが悪いことのように報じていた。航空幕僚長という要職についているからこそ知りうる国防に関する機密情報でも漏えいさせた、とでも言わんばかりだった。報道された情報を整理してみると氏の論文の内容が中国・韓国・北朝鮮の方々の感情を逆なでするような配慮に欠けた論旨に対しての非難だった。
はたして実際に氏が投稿した論文の内容はどうだったのか。マスコミの報道では、文中の単語や文節を一部抜き出して難癖をつけているだけなので論旨は不明だ。往々にしてマスコミの報道というのはあえて論点をズラすことにより巧みに問題のすり替えを行うもののようだ。
新聞や TV をはじめとしたマスコミと言うのは ※1 事実を捻じ曲げ自分達の都合の良い部分のみをピックアップして "真実だ!" "これが何の装飾も施されていない真実の姿だ!" と言わんばかりに報道する。報道機関の利点を生かしてさまざまな媒体を活用し、短い期間に高頻度で繰り返し同じ内容を伝えることによって受け手に情報を刷り込む。これはマインドコントロールの手法に同様のものがみられる。
事実を歪めた報道でも、はじめは "またウソいっているよ" とフィルタリングして情報の取捨選択をすることで正しい判断ができているのだが、短期間に脳が一度に処理できる許容量を超える大量の情報が投入されると脳は ※2 パニックとなり、フィルタリングができずに無条件に受け入れるようになる。いわゆる大脳の思考領域へのバッファオーバーフローが引き起こされるわけだ。
複数のメディアを駆使して情報の受け手の思考領域へのオーバーフローを起こさせる、というのは明らかに悪意ある攻撃でその行為を正当化する理由はない。自分達の言い分が正しいと認めさせるために、都合のよいように人々の思想をコントロールしようとする意図が伺われる。それは非常に稚拙で危険な思想と評価できる。
マスコミは『知る権利』や『報道の自由』を錦の御旗として暴虐無人の限りを尽くす。彼らは自らの報道姿勢やその行為で他人に迷惑をかけようが自らの行為を振り返って反省はしないようだ。きっと、自分達が何か特別な立場にいる人間だとでも思い込んでいるのだろう。 "社会正義のために働いている" よりむしろ "正義の使者" とでも盲信しているかのような横暴ぶりが多くの報道機関に見られるのは片腹痛い話だ、と思う今日この頃だ。
※1
何か事件が起こった後で報道するのではなく、"報道したい" という欲求があって報道してから事件を作っているような気もする。事件は偶発的に起こるモノではなく、マスコミによって選択的に作られている、とも言及できるのでは・・・。
※2
対象者の脳をパニックに落としいれ、正しい判断をできなくさせることがコツだ。
これは、振り込め詐欺、キャッチセールス、不動産セールス、投資話の電話営業と言ったものではことごとく共通している。
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これって xx ・・・ 迷惑やね
- 2008年11月 3日 22:53
今日は 3 連休の最終日であるとともに文化の日だ。この度の連休が有意義であった、と晴れ晴れとした気分で明日を迎えられるように多少は文化的な時間をすごしたいと思う。
そんな経緯もあって、海外のニュースサイトを閲覧していると多少なりともを好奇心を煽るような話題が掲載されていた。 BBC の記事によると、老夫婦のもとにまったく身に覚えのない 500 ユーロ(=約6万円弱)の賠償金の支払いを求める書面が届いたらしい。
ダイジェストでこの話を聞くと "さては振り込めサギやな!" 、 ”とうとう国外にまで架空請求の手を広げたか・・・” 、と呆れ半分に思ってしまう。だが、記事の全文に目を通すと幾つかの問題点が顕になってくる。
事の発端は老夫婦の下に届けられた賠償金請求の書類だが、その送り主は米国にある Atari 社だ。ボクは TV ゲームをやらないのでゲームコンテンツやゲーム制作会社についての知識は乏しいが、 Atari 社については多少は知っている。熱心な Apple 社製品の愛好家ならば ※1 きっと思うところがあるだろう。
話が多少脱線してしまったが、 Atari 社からの賠償金請求の内容というのが、ゲームの違法コピーに対してのものだった。 "いい歳してソフトウェアの違法コピーか・・・" と思うだろうが、今回の事件の主人公となった老夫婦はゲームの違法コピーには手を染めていないし、ゲームコンテンツ自体見たこともないらしい。この老夫婦の年齢が如何ほどなのかは BBC の記事では言及されていないが、『老人』と称されるだけの年齢層なのだろう。
ゲームコンテンツまったくと縁のない老夫婦にゲーム会社からなぜ賠償金の請求書が届いたか、については以下のような顛末らしい。
ある日 P2P ネットワークに自社が開発したゲームコンテンツが流れていることを Atari 社が発見した。独自に調査したところ P2P ネットワークにファイルがアップロードされた際に使用された IP アドレスが老夫婦宅に割り当てられている IP アドレスと一致していたから、犯人とみなして賠償金の請求書を送りつけたらしい。
この老夫婦宅ではインターネットアクセスに無線 LAN を利用しているのだが当時、無線 LAN 機器にはアクセス用のパスワードは設定していなかったそうだ。本 blog をご覧の方ならばお分かりになるだろうが、この老夫婦宅の Home ネットワークは ※3 "野良無線LAN" 状態であるため、第三者に勝手にネットワークを利用して P2P ネットワークに不正コピーしたゲームソフトを放流されたのがこの事件の真相らしい。
結局のところ、賠償金を請求された老夫婦は今回の事件にはまったく関与していないことが認められ、 Atari 社からの請求は撤回されたので事無きを得た。他人事とはいえうすら寒い話だ。
この度の事件は発生経緯からどうにもお粗末だといった印象を払拭できない。 Atari 社は IP アドレスから犯人を特定したようだが、そもそも IP アドレスは指紋のように ※2 個人を特定できる程の確度の高い情報ではない。 IP アドレスから犯人を特定するには、何段階もの確認のプロセスは当然のごとく必要だ。
この度の経緯を見る限り、確認作業に時間をかけたとはいささか考えがたい。短絡的に IP アドレスから個人を特定したように思われる。そもそも賠償金を請求しているにも関わらず、"だいたいココら辺に住んでいる人だろう" といった程度の大まかな見当をつけて適当な人に請求しているのと変わらないではないか。これでは "犯人か否かの確証はないけど、お金を払ってくれたら誰でもいい" とでも考えてのではないか、と邪推してしまう。もしそうでなくとも、あまりにも他人に対してあまりにも無礼といった印象を持ってしまう。いかに弁明しようがこの疑惑は払拭できない。
・・・まぁ、エラい迷惑な話だ。
この類の事件は日本でも起こりえる事件だ。本 blog をご覧になっている方々も十分に注意していただきたい。
※1
Atari 社というと、スティーブ・ジョブスとスティーブ・ウォッズが Apple 社を設立する前の HP 社でシステム設計をしていた時代にトランジスタ基盤の設計のバイトをしていたゲーム会社だ。スティーブ・ウォッズが設計した BreakOut というブロック崩しゲームは大ヒットしたので 30 歳以上の方ならば覚えがあるかもしれない。
※2
IP アドレスから分かる情報というのはどこの国のどの ISP の会員でどこの地域からアクセスしているか、といった程度だ。長期間にわたってアクセスログを保管しているようなセキュリティ意識の高い ISP であれば、いつ・誰が・どの IP アドレスでインターネットに接続したかと言うことは調べられるが、第三者によるなりすましの可能性も考えられるので、さほど信頼できるような情報ではない。
※3
野良無線LANにしていること自体が問題だ、と言うご意見もあるだろうが、利用者が老夫婦だから仕方がない。第三者は自らに容疑が掛かるのを回避するためにあえて自らと関係のない老夫婦の無線LANから P2P ネットワークにアクセスしたと考えることができる。このことから、自らの違法性を十分に理解した上で行為とみなすことができ、第三者の行為の悪質さは際立っている。
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